記憶と時間

    阪大石黒さんの本に、「記憶とは時間を固定すること」と書いてある。時間の固定とは現実世界に抗う行為である。この主張は正しいと思う。なぜなら有機体である人間にとっての時間制限は常に種の繁栄リスクであるからだ。有機物は代謝により徐々に劣化する。徐々に劣化するとはテロメアという回数券を消費することでもある。テロメアがゼロになれば老化、となる。このような存在を消される方向の負荷を受けながら、人間は内側にモデルを作り、外側では機械化を進め、代謝への抵抗力を付けている。

    ここで疑問が生まれる。この進化は誰の意思なのであろうか。遺伝子であれば、自ら淘汰される方向に進化を進めることになる。遺伝子ではなさそうだ。「意識」が自分であるとすればその意思であろう。若しくは、意識の総和、意識群の中心に何かの存在があるのかもしれない、と考えている。